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椿だより6

椿だより6 「 3月11日 」            萩かなえ
2022年3月
今年も3月11日を迎えます。
毎年3月になると、さまざまな思いを抱きます。11年前の3月11日、私は気仙沼に住んではいませんでした。気仙沼であの惨禍を経験した方々が、この日をどんな気持ちで迎えるのか…どんな言葉をかけたらいいのか、もどかしいような自分がいます。
あの日…多くの尊い命、住み慣れた家、自家用車、船舶、たくさんの大切なものが失われました。
失ってしまったものは人それぞれで、比べようもありません。何も失わなかったという人はいないでしょう。大きな衝撃、辛く深い喪失体験だったと思います。
新しい住居が完成し、新しい街が出来始めても、心の復興はまだまだだと感じます。いまだに波の音が怖いという方もいます。

11年が経ち、気仙沼大島の沿岸部では、ほとんどの防潮堤が完成しました。海沿いの道から眺められた美しい風景は見えなくなりました。すっかり変わってしまいました。
個人的には巨大な防潮堤で囲むことが一番の防災になるのかどうか、疑問を持っています。
海が見えないことが、有事に不安をもたらさないだろうか…とも思います。
防潮堤より、逃げる道路を整備してほしかった、という話もよく聞きます。意見は様々です。
大島の二つの砂浜、海水浴場でもある小田の浜と、波打ち際が美しい田中浜では、大きな防潮堤は築かれず、広い範囲で防災林が造成されているので、景観が保たれそうです。松の苗木が植えられています。ただ、植栽された苗木が成木になるのには30年かかるそうで、それまで大きな津波が襲わないようにと祈らずにはいられません。不安は残ります。

昨年は明るい話題が二つありました。
気仙沼がNHKの朝ドラ「おかえりモネ」の舞台になりました。主人公のモネという女性が大島で生まれ育ったという設定でした。大島の各地でロケが行われました。私達の日常にある風景の中で、東日本大震災、被災地の人々の心、そして希望、未来が美しく映し出されました。
5月から10月まで放映されたのですが、ドラマに登場した大島の田中浜や亀山には、たくさんの方が訪れ賑わいました。コロナの影響がなければ全国からもっと多くの方が訪れた事でしょう。
大晦日の紅白歌合戦では、ドラマの主題歌を歌ってくれたアーティストBUMP OF CHICKENが、田中浜で演奏してくれて、地元民もビックリ…とても感激しました。田中浜には放映が終わった今もファンの方が訪れています。
そして、復興を象徴する気仙沼湾横断橋、愛称「かなえおおはし」が昨年の3月6日に開通しました。私も橋の愛称募集に「かなえ大橋」で応募した一人です。気仙沼湾は古くは鼎が浦(かなえがうら)と呼ばれていました。そして皆の夢や希望がかなえられるようにという思いを込めました。
先に開通した大島大橋に続き、二つの希望の橋が気仙沼湾に架かりました。震災前には考えられなかった光景です。
巨大な建造物の完成が復興だとは思いません。大事なのは人々の心に、前に進む力が戻ることだと思います。新しい橋を初めて渡った時、心が明るい希望のひかりがで満たされました。前に進める…と思いました。
未来へと、皆の心を希望で繋ぐ、繋げる橋であってほしいと願っています。
椿だより6 「 3月11日 」            萩かなえ
2022年3月
今年も3月11日を迎えます。
毎年3月になると、さまざまな思いを抱きます。11年前の3月11日、私は気仙沼に住んではいませんでした。気仙沼であの惨禍を経験した方々が、この日をどんな気持ちで迎えるのか…どんな言葉をかけたらいいのか、もどかしいような自分がいます。
あの日…多くの尊い命、住み慣れた家、自家用車、船舶、たくさんの大切なものが失われました。
失ってしまったものは人それぞれで、比べようもありません。何も失わなかったという人はいないでしょう。大きな衝撃、辛く深い喪失体験だったと思います。
新しい住居が完成し、新しい街が出来始めても、心の復興はまだまだだと感じます。いまだに波の音が怖いという方もいます。

11年が経ち、気仙沼大島の沿岸部では、ほとんどの防潮堤が完成しました。海沿いの道から眺められた美しい風景は見えなくなりました。すっかり変わってしまいました。
個人的には巨大な防潮堤で囲むことが一番の防災になるのかどうか、疑問を持っています。
海が見えないことが、有事に不安をもたらさないだろうか…とも思います。
防潮堤より、逃げる道路を整備してほしかった、という話もよく聞きます。意見は様々です。
大島の二つの砂浜、海水浴場でもある小田の浜と、波打ち際が美しい田中浜では、大きな防潮堤は築かれず、広い範囲で防災林が造成されているので、景観が保たれそうです。松の苗木が植えられています。ただ、植栽された苗木が成木になるのには30年かかるそうで、それまで大きな津波が襲わないようにと祈らずにはいられません。不安は残ります。

昨年は明るい話題が二つありました。
気仙沼がNHKの朝ドラ「おかえりモネ」の舞台になりました。主人公のモネという女性が大島で生まれ育ったという設定でした。大島の各地でロケが行われました。私達の日常にある風景の中で、東日本大震災、被災地の人々の心、そして希望、未来が美しく映し出されました。
5月から10月まで放映されたのですが、ドラマに登場した大島の田中浜や亀山には、たくさんの方が訪れ賑わいました。コロナの影響がなければ全国からもっと多くの方が訪れた事でしょう。
大晦日の紅白歌合戦では、ドラマの主題歌を歌ってくれたアーティストBUMP OF CHICKENが、田中浜で演奏してくれて、地元民もビックリ…とても感激しました。田中浜には放映が終わった今もファンの方が訪れています。
そして、復興を象徴する気仙沼湾横断橋、愛称「かなえおおはし」が昨年の3月6日に開通しました。私も橋の愛称募集に「かなえ大橋」で応募した一人です。気仙沼湾は古くは鼎が浦(かなえがうら)と呼ばれていました。そして皆の夢や希望がかなえられるようにという思いを込めました。
先に開通した大島大橋に続き、二つの希望の橋が気仙沼湾に架かりました。震災前には考えられなかった光景です。
巨大な建造物の完成が復興だとは思いません。大事なのは人々の心に、前に進む力が戻ることだと思います。新しい橋を初めて渡った時、心が明るい希望のひかりがで満たされました。前に進める…と思いました。
未来へと、皆の心を希望で繋ぐ、繋げる橋であってほしいと願っています。

気仙沼湾横断橋 かなえおおはし  奥には大島大橋


気仙沼大島 田中浜「おかえりモネ」のロケが行われた砂浜と廃船

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更新日: 2022/03/02 -10:52 AM