この冬も米国の首都ワシントンには、ホームレスの姿が目立ち、麻薬をめぐる犯罪や事件も後を絶たない。貧困率は13%と近年減少してきてはいるが、5人に1人の子供が貧困のなかに育ち、貧困層は3200万人余りにのぼっている。
この冬も米国の首都ワシントンには、ホームレスの姿が目立ち、麻薬をめぐる犯罪や事件も後を絶たない。貧困率は13%と近年減少してきてはいるが、5人に1人の子供が貧困のなかに育ち、貧困層は3200万人余りにのぼっている。
80年代、米国は一方に豊かな生活を享受できる高所得者層を生み出しながら、産業、社会、家族構造の急速な変化に対応できない人々も多数生み出した。
60年代後半の画期的事業であった「貧困との戦い」から25年を経て、米国社会は改めて貧困・住宅問題を中心とする都市・社会問題に立ち向かわなければならなくなっている。
しかも、60年代と決定的に異なるのは、大幅な赤字を抱える連邦政府の財政状態である。先日発表された政府予算案と年頭の大統領教書は、「より親切でより優しいアメリカ」をうたい、国内問題の解決に意欲を示している。だが、レーガン政権の社会福祉、都市・住宅政策での政府負担の大幅削減を回復するまでには至っていない。
ブッシュ政権が強調するのは、政府の負担を増やさずになし得る施策である。さらにレーガンが掲げた連邦主義―地方自治体、民間、地域社会の責任の強化である。そのなかで特に期待されるのが、米国の市民社会を特徴づけてきた「ノンプロフィット・セクター」と「ノンプロフィット・オーガニゼーション」の活動である。
ノンプロフィット・セクターとは、「非営利の民間、公益」セクターのことだ。公共財政に完全に依存せず、かといって民間企業活動にも属さず、営利を最大化することを目的としない。しかし社会にとって必要な公的目的を担うために活動する民間(経済)活動領域である。
米国には、公共活動からも民間企業活動からも独立した、地域社会の福祉にかかわる活動が伝統的に存在する。いわば公共と企業活動のすき間を埋めながら、現実社会のニーズを政策に反映させようとする民間の組織と活動である。これらは公共財政(税負担)によって賄われるのではなく、税控除というインセンティブを与えられた個人や民間の献金と奉仕に支えられている。
80年代のレーガン政策は新たな貧困を招いたと批判されるが、評価される面があるとすれば、地方行政体、民間、市民に地域社会の自立と分権化の重要性を再認識させたことだろう。政府補助金の削除分を埋め合わせるために、地方行政体を中心に、公共、企業、個人などから財源や資源を集め、知恵を絞って地域の問題解決に当たる努力がはらわれてきた。
ノンプロフィット・セクターの経済活動は現在、米国のGNPの5%程度を占め、雇用全体の約8%を占める。全米八千万人といわれるボランティアは、ほとんどこのセクターに関係した奉仕活動である。その貢献度を経済的に評価すれば、連邦政府を除く地方行政対の雇用に匹敵する。
社会サービス領域の同セクターの収入は、3分の2が個人や民間企業からの献金およびサービスで得た収益で、残りが連邦政府の補助金などだ。米国の個人、企業、財団の慈善福祉活動への献金総額は、86年で8505億ドル(11兆8千億円)である。内訳は個人献金が88%を占め、残りを財団、企業献金で二分する。献金総額は今年は一千億?を突破するとみられている。
日本の場合、88年の企業の寄付金は3937億円、赤い羽根募金が155億円だから、比較にならない規模だ。
同セクターは国税局の認める様々な種類のノンプロフィット・オーガニゼーションで構成される。それは組織の性格から次の4つに分類できる。
(1)の組織も重要だが、セクターの中心は(3)の社会サービス組織で、消費者団体や市民啓発組織、街づくり組織などが含まれる。
具体例として社会サービス領域に属する組織の活動を取り上げてみよう。例えばワシントンの「コンサーブ」は常勤者が5人あまりの組織だが、ホームレス家族に臨時の居住の場を与えるとともに、恒常的な住宅探しを手助けする。そして、個人や家族が最終的には公的な福祉補助から”卒業”し、自立できるよう必要な援助を与える。
また、他の組織や教会などと連携して、低所得層の住宅を確保するために、家主との交渉や貸家情報の収集、荒廃住宅の購入や修復、賃貸・分譲なども手がける。
同様の活動をしている組織の数は全米で4千にのぼる。低所得層が集中的に居住する地域で、住宅や商業、産業などの具体的な開発に取り組んでいる組織だけでも、1500―2000を数える。このうち830余りの組織によって80年代には12万5千戸の住宅が供給された。
これらの組織には連邦政府の所得税と州・地方行政体の固定資産税、消費税などの税が免除される。個人や企業の、ノンプロフィット・オーガニゼーションへの献金も、税控除の対象となる。
組織は収益をあげるが、その収益を個人に配当してはならない。組織はその活動内容を、多くはボランティアによる委員会で決定し、有給スタッフとそれを支える多くのボランティアで活動に当たる。公共の補助金を得ることはできるが、公共行政とは独立した組織である。財政基盤の保証がないため、その存続は組織の独創性、自立性にかかっているといえる。
こうした近隣組織が適切に機能するには、技術的、財政的なノウハウが不可欠である。そこで組織にノウハウを与えることを目的とした財団(分類(1)の組織)の設立も近年増えてきた。
例えば「エンタープライズ・ファンデーション」(米国の代表的な不動産開発会社ラウス社の前会長による篤志財団)は、地域の自立、自助を目的とする近隣組織に、低所得者向け住宅開発を軸とした様々な情報提供や技術援助をしている。この援助によって89年までの8年間で全国30都市、100の近隣組織が8200戸の住宅供給を手がけた。
具体的な都市問題解決のための政策も、最近はこれらノンプロフィット・オーガニゼーションの活動に師を得たり、活動を考慮に入れて立案されるケースが多くなっている。現在、米議会に提出されている住宅関連法案では、ブッシュ政権による提言(HOPEプラン)、また上下両院においても、低所得層の住宅問題の解決と住宅供給でのノンプロフィット・オーガニゼーションの役割が明記され、それらへの助成が示されている。
米国は、いわば「政府をもつ前にコミュニティーを持っていた」国として、公共に依存せずに、いかに個人の自由や尊厳、機会均等を実現するかを追求してきた。その歴史を通して国家と個人、地域社会・コミュニティーのあり方、法人の役割と責任、望ましい社会的富やサービスの分配などについて試行錯誤を繰り返してきた。
ノンプロフィット・セクターの活動もそうした中で根づいてきたものである。公共の介入を可能な限り避けて、個人または集団の自立的、随意的な活動を大切にし、「ギビング(与えること)」や「フィンランソロピー(博愛)」「ボランタリズム」に価値を置く米国社会の特質とも深くかかわっている。
もちろん、米国社会が抱える多くの問題をノンプロフィット・セクターが解決できるわけではない。しかし、米国の市民社会が生み出した優れた”機構”であり、都市社会の問題を解決するため不可欠の要素といえる。
日本は依然、公共体への信仰と企業依存意識が強いとはいえ、市民意識も育ちつつある。
しかし、市民意識の成長とそれを支える制度や仕組みは改善の余地を数多く残していることも事実だ。例えば公益法人制度や税制の中に、自立的な市民活動を後押しするシステムがもっと考えられてもいいのではなかろうか。さらに日米の相互理解を深める上でも、米国のノンプロフィット・セクターの活動が示唆するところは大きい。
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更新日: 2011/01/27 -03:54 PM