MONGOLIA Project
Community Studies & Plannning Database
Community Leadership Program for Women
NPOs, Think Tanks & Democratic Institutions in Civil Societies
post_disaster_community_building_in_civil_society
Think_Tank_Society_takarazuka
UCRCA_archives
NPOシンクタンクとCBO Democracy&CivilSociety研究

日本にも非営利・独立型を 政策に多様な提言 財団資金で社会の頭脳に - 「経済教室」日本経済新聞

日本では独立型シンクタンクをつくり、産業とし、「市場」をもつくり出すということは相当の難題であると思う。しかし、知の力を表すこの産業の出遅れをとり戻すことは、日本の社会と民主主義の成長にとって必要であると同時に、世界に対しても日本が果たすべき責任と貢献の重要な要素となり得る。独立型のシンクタンクをつくり、産業として世界に働きかけていくことに、今こそ真剣に取り組むべきではないだろうか。

  1. 米国では立法・行政当局とは独立した立場で政策研究や提言活動をしている民間非営利・独立型のシンクタンクがいくつもある。また、こうしたシンクタンクが一つの産業を構成し、「市場」を形成している。
  2. こうしたシンクタンクに共通しているのは、多様な意見が民主主義にとって不可欠なものだと認識していることだ。
  3. この「市場」を大きく支えているのは財団の資金などからなる「フィランソロピー・マネー」である。財団などによって融通性のある研究開発資金が提供されることは、民間非営利・独立型のシンクタンクの存在にとって非常に重要だ。
  4. 日本でも政策形成に透明性を目指すならば、独立した民間非営利のシンクタンクをつくることが望まれる。このことは日本の民主主義の成長にとっても必要だ。

民主主義は常に検証必要

米国は製造業を中心とする産業全般に問題があり、また、教育と技術の社会階層間における移転と分配に問題があるといわれる。しかし、一方で、米国が誇れる強い産業が存在することも忘れてはならない。それは、シンクタンク産業である。シンクタンクは規模としては小さいとはいえ、ある意味で社会の頭脳部を占める産業である。

米国社会は民主主義を、現在考えられる中で最善の政治制度と確信するとともに、その制度の理想を希求する社会である。民主主義は制度を作れば済むわけではなく、常に検証・改善し続ける必要がある。その中でも特に人々は政策形成・決定の過程に強い関心を払ってきた。そして、それらが明りょうで、透明性があり、オープンであることを重視してきた。

だが、政策形成・決定には様々な機関、人間がかかわっている。社会の高度情報化に伴い、民主主義が発展すればするほど、その形成・決定過程が複雑になっていく。このため、社会が一体どのような方向に向かっており、何が問題であるのか、また、どのような代替案があり得るのか、といった問いに対する答えは、放置すれば人々にはすぐ見分けのつかないものになってしまう。それでは、それをだれが考えることになるのか、だれに任せておけばいいのか。

一九一七年にその前身が誕生した独立系シンクタンクの草分け、ブルッキングス研究所はその設立の目的を次のように述べている。

「(ブルッキングスは)様々な社会経済問題についての学問的研究と提言をもって米国の人々に奉仕することを目的とする。研究は政策の代替案を出し、既存の制度・政策などの弱点を明らかにし、問題の広範な理解を推し進めることに影響を及ぼすものである。『何が機能するか。何が有効か』という問いに答えることを、立法者や議員、官僚や政党に??彼らがどんなに優秀であろうとも??任せてはならない」

米国ではシンクタンクはこれといった定義はないが、公共行政・政策の決定に関与し、影響を及ぼそうとする政策研究・提言機関のことを指す。特に企業や官庁、大学、特定政党などに所属または関連をもたない民間非営利・独立型の機関のことである。もちろん、営利機関もあるが、近年、シンクタンクと言った場合、民間非営利・独立型の機関を指すのが一般的である(残念ながら現在の日本のいわゆる「シンクタンク」は制度上これに相当していない)。

たとえ政策的立場を異にしても米国のシンクタンクに共通しているのは、政策立案などは立法者や行政担当者も行うべきだが、彼らから独立の立場でなされることが必要であり、独立の多様な声が民主主義にとって不可欠なことと考えていることである。政策研究・提言は政府や企業からも独立した民間非営利によって行われるべきであるという使命感が、独立型シンクタンクの成立の基本にある。

首都ワシントンを中心にした代表的なシンクタンクを頭において考えてみたい。米国にどのぐらいの数のシンクタンクが存在するのか厳密には分からないが、首都周辺では百程度あるといわれる。規模も様々であるが、大半は百人以下のスタッフからなる中小「企業」と考えてよい。

これらシンクタンクは常時、政策研究者がいて、政策分析や評価、研究を行う場であり、結果を公表・出版し、成果を実際の政策に反映させるために様々な広範活動などをしている。

シンクタンクの政策研究と提言の重要性は、大学における純粋学問的研究と違って、いかに現実の政策として科学的知識を使えるかにある。このことから、シンクタンクを政治色や党派性から分類する見方がある。確かに既存のシンクタンクは中立性を掲げつつもそれぞれある色彩を持っている。しかし、冷戦後の九〇年代においては、イデオロギーでの判断よりも、自由主義経済と政府介入の範囲という点が中心になる。個々の政策ではその効果がますます厳密な検討の対象になり、色分け自体がそう単純ではなくなるだろう。

活発な市場が米国には存在

シンクタンクでの研究は委託されるもの、助成を得るものなど様々な形態がある。見落としてはならないことは、民間のシンクタンクがこうした政策研究課題を自由に設定できる前提には、基本的な政策に関係する情報統計など特に公的機関がもつ情報が公開されていることである。また、同時に公益性の観点からシンクタンクの成果も公開が原則である。

米国には民間非営利・独立型のシンクタンクがいくつもあり、それぞれが政策研究や政策提言を製品として生産し、一つの「産業」を構成しているといえる。もう一つの重要な点は、政策研究や提言という製品を消費・使用する「観客」「消費者」がいて、この製品が流通する活発な「市場」があるということである。

本来、政策研究と提言の「消費者」は民主主義社会の成員すべてであるのだが、少なくとも、政策を決定する政治家と実施する行政担当者や社会のリーダー層が最もこれらを必要としているはずである。

正確な情報と科学的分析を基盤とした提言は政策の決定に不可欠だが、彼らがそれらのすべてをそろえるには明らかに限界がある。米国では多くの政策研究や提言が求められていて、聞く耳と学ぶ力のある「消費者」がいるのである。結果として、シンクタンクの研究や提言のみではないが、それらが実際に法律の条文を作り変えていくのに用いられている。

この「市場」の特徴は製品の消費者・使用者が直接製品の代金を出しているとは限らないことである。シンクタンク産業が成り立つ主な経済基盤は、財団の資金、企業・個人の献金、つまりフィランソロピー・マネーである。

シンクタンク産業は米国が政策志向型社会であること、そして多様で独立した意見、アイデアの重要性に対する認識、変革や実験を良しとするなどの社会的環境に支えられたものである。独立的で自立的活動のあることが、隅々まで公益の責任と規制の行き渡った社会よりも良いというのが民間非営利・独立型のセクターを支えている基本的な考えと言える。

このフィランソロピーという言葉は「普遍性への投資」と解釈できるのではないかと思う。普遍的なるもの、それを求める理念、思考、目標、運動、活動などへの投資と考えていいのではないだろうか。

フィランソロピーの核として多くの財団が存在している。米国の優れた社会政策の先べんをつけた研究の多くは財団によって切り開かれたとも言える。財団がその当時では偏狭、異端であるかもしれない思考やアイデアにも資金を投じてきたことの意味は大きい。社会の行く末をにらみ、かつ迅速に(会計年度や期限に縛られない)融通性のある研究開発資金が提供されるのは非常に重要なことである。

途上国でも大きな役割

シンクタンクの研究者たちは今、途上国や東欧、旧ソ連を東奔西走し、憲法改変から住宅政策まで、民主主義制度と市場経済への導入移行を手伝っている。また、それらの国々の人々が米国のシンクタンクに学びに来ている。こうした交流は急速に活発化している。

このことは各国の当面する政策問題にこたえられる即刻のモデルと体制が、良くもあしくも米国にしかないということであり、現実にその交流では、民間非営利として極めて自由で迅速に対応できるシンクタンクが大きな役割を果たしているということである。この機能は政府機関には求められない。

もちろんシンクタンクが米国の社会問題や他の国々の問題を解決しているとも、できるとも言えない。米国の政策形成と決定が失敗を免れているなどと言うつもりはない。しかしこの価値の多様な、複雑な、そして個人の自由を希求し続けようとする開かれた社会で、何か機能するかを考えてきたこの産業の力は、他が容易に追随できないし、今のところ最も普遍性をもっている。

日本の政策形成は不透明である。それは政策研究の産業と市場が十分に育っていないためと考えていいのではないだろうか。社会の透明性を目指すならば、民間非営利・独立型のシンクタンクを日本にもつくらなければならないと思う。

例えば、その研究と影響力において卓越した米国の国際経済研究所所長であるフレッド・バーグステン博士は、米国のシンクランクが第一次大戦後に果たしてきた役割を挙げつつ、「今こそ日本でも同様の努力が必要だ。そして世界中からそこに行けば政策が自由に語れ、日本が何を考えているか知ることができ、議論できる場が必要だ」と強調した。また、シンクタンク業界の長老といえる元世界銀行総裁のロバート・マクナマラ氏は「日本に即刻五つのシンクタンクをつくることを薦めたい」と述べた。

日本では独立型シンクタンクをつくり、産業とし、「市場」をもつくり出すということは相当の難題であると思う。しかし、知の力を表すこの産業の出遅れをとり戻すことは、日本の社会と民主主義の成長にとって必要であると同時に、世界に対しても日本が果たすべき責任と貢献の重要な要素となり得る。独立型のシンクタンクをつくり、産業として世界に働きかけていくことに、今こそ真剣に取り組むべきではないだろうか。

米アーバン・インスティテュート国際活動センター部長レイモンド・J・ストライク 研究員 上野 真城子
1992年(平成4年)5月5日 火曜日
「経済教室」日本経済新聞

 

編集者: .(このメールアドレスを表示するにはJavascriptを有効にしてください)
更新日: 2011/01/28 -03:52 PM